介護と責任 【2020年9月号】弁護士笹田典宏

 

1 はじめに

 いまや、日本人のおよそ3人に1人が65歳以上となり、自身や家族の介護の問題はいよいよ身近な問題となりました。私自身、家族に要介護者がおり、また、弁護士になる前は介護職についていましたので、介護が家族の心身に与える負担の大きさは身をもって感じています。

 そのような負担の大きい介護ですが、少し前に、認知症患者とその介護を担う家族にとって重要な判決(最高裁判決平成28年3月1日)が出ています。

 

2 事案の概要

 アルツハイマー型認知症を患っていたAが、一人で外出し、電車の線路内に侵入、電車と衝突して亡くなりました(以下「本件事故」といいます。)。鉄道会社は、本件事故により生じた損害について、Aの妻Y1と息子Y2に対し、それぞれが民法714条1項の責任無能力者の監督義務者にあたるとして、損害賠償請求訴訟を起こしました。

 Aは、Y1と同居しており、Y1から介護を受けていましたが、Y1は事故当時85歳、左右の足が不自由で、要介護1の認定を受けていました。また、Y2は、1ヶ月に3回程度週末にAの自宅を訪れて、Y1の介護を手伝っていました。

 

3 判決の結論

 結論として、最高裁は、鉄道会社の請求を棄却しました。

 しかし、この判決が出たことで、今後、認知症患者の家族は、一切責任を負わなくなるのでしょうか。

 

4 判決の問題点

 判決は、配偶者や子であることをもって、民法714条1項の監督義務者に当たるということはできないと判断しています。しかし、判決は、続けて、「その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、・・・法定の監督義務者に準ずべき者として、同条1項が類推適用されると解すべきである。」と判示して、認知症患者の家族に責任が生じる余地を残しています。

 判決は、Y1自身の体が不自由で、一人ではAを介護できない状態にあったことなどから、Y2については、同居しておらず、週末にA宅を訪れていたにとどまることなどから、それぞれ監督義務者に準ずべき者にはあたらないと結論づけています。

 この結論自体は頷けるものですが、仮に、Y1の体が健康で一人で介護をできる状態であった場合や、Y2が同居して日常的に介護を行っていた場合には、その責任が肯定されていた可能性があります。重い介護の責任を担う家族が、積極的に介護を行ったことでさらに賠償の責任まで負わされることはあってはならないでしょう。その点で、本判決は問題を含むものであるといえます。

 

5 最後に

 事故のリスクから、認知症の患者さんご本人の行動範囲が狭められたり、ご家族が常時監督を強いられたりするようなことは避けなければなりません。本件事故をきっかけに自治体が民間保険会社と個人賠償責任保険を契約する動きが広がるようになりました。そうした制度や、各個人での保険加入などによって、患者さんとそのご家族が変わらない生活を送ることができるよう、対策を講じていくことが必要です。