賃貸物件の「原状回復」トラブル【2022年11月号】弁護士坂典子

 

1 はじめに

 建物賃貸借契約の終了時に借主が負担する「原状回復」をめぐるトラブルについて、貸主からも、借主からも、ご相談をお受けすることがあります。

 国土交通省は、平成10年に「原状回復にかかるガイドライン」を公表し、平成16年、令和2年に改定を重ねています。今回は、「原状回復」をめぐる具体的なトラブルについてガイドラインに沿って検討します。

2 【ケースⅠ・貸主からの相談】

とある部屋を16年間貸していたところ、借主が居室内設備(靴箱や洗面台)について自分好みにDIY(日曜大工)を施していた。退去時にDIY部分が撤去されていたが、靴箱や洗面台は使い物にならない状態だった。この場合、貸主は、借主に靴箱や洗面台の交換費用の全額を請求できるか。

① 靴箱や洗面台を改造して使用できない状態にした点は、借主に責任があります。DIYは、通常の生活の範疇で行われるものとはいえず、借主の善管注意義務違反と判断されることが多いです。

ただし、交換費用全額を当然に請求できるとは限りません。

 設備機器は、耐用年数が決まっており、その経過年数により価値が減少していくので、経過年数に応じた負担割合に限定されます。耐用年数は、靴箱が当該建物の耐用年数であるのに対し、洗面台は15年です。そのため、靴箱は、経過年数に応じた負担割合を基に一定額を請求できます。他方、洗面台は、耐用年数を超えている点を考慮しますと請求することが難しいと考えることができます。

3 【ケースⅡ・借主からの相談】

ある家族は、借りていた部屋のリビングの壁に、子の描いた絵を飾り、子の落書きも思い出として消さずに残していた。4年後引っ越す際に、壁紙に画びょうの穴や絵の跡、落書きが残った。借主は、リビング全体の壁紙の張替え費用を全額負担しなければならないか。

画びょうの穴及び絵の跡による壁紙張替えは、借主の負担ではありません。

 写真や絵画等の掲示は、通常の生活で行われる範疇のものですので、使用した画びょうの穴は、通常の生活による損耗の範囲と考えることができます。

 絵の跡も、主に日照などの自然現象によるものであれば、通常の生活による損耗の範囲と考えることができます。

落書きによる壁紙張替えは、借主の負担です。子の落書きは、通常の生活で発生するとはいえないからです(子を持つ家庭では日常茶飯事だと思いますが…)。

ただし、必ずしもリビング全体の壁紙の張替費用全額を負担しなければならないわけではありません。

 負担すべき壁紙の範囲は、落書き箇所を含む面に限られます。また、負担すべき修補金額は、経過年数に応じた負担割合に限られます。壁紙の耐用年数は6年ですので、借主は、落書き箇所を含む面の壁紙について、4年経過後の残存価値に応じた負担に限定されると考えることができます。

4 最後に

 今回紹介した事案は、あくまで原状回復ガイドラインに沿った検討結果です。トラブルを未然に防止すべく詳細な賃貸借契約書が作成されている場合には、必ずしも同じ結論になるとは限りません。

 契約書の「原状回復」の条項は、入居時にきちんと読んでいないかもしれませんが、この機会に一度確認いただき、物件の使用方法を見直す機会としていただければと思います。