事業譲渡の注意点

事業譲渡の注意点  【2007年1月号】

弁護士 榎 本   修

 
  最近多いのが「他社の事業や営業(場合によって会社そのもの)を買い取りたい」というご相談です。こういうご相談が多くなったことは、景気が上向きになってきた証拠であり、当法律事務所としても顧問先の皆様の業態が益々拡大することであり、大変良いことだと思いますが、法律上は色々注意しておかなければならないことがあります。

  買い取る場合には、様々な方法があり、事業譲渡(商法時代は「営業譲渡」と呼ばれていましたが、昨年施行された会社法により「事業譲渡」と呼ばれるようになりました)以外にも、株式の譲渡、会社分割(会社法757条以下)、合併(会社法748条以下)など、いわゆるM&Aと呼ばれる様々な手法があります。どのような手法を採るかということによっても手続が変わってきますので注意が必要です。
 
  (1)「事業は生き物」であることを忘れずに
  会社の事業は、「生き物」です。合併は、法律的には「包括承継」と呼ばれ、旧会社の一切の権利義務を引き継ぐのが原則とされています。ちょうど、親の権利義務を子どもが一切引き継ぐ「相続」のようなものです。
買収前は、多数の従業員が存在し多くの取引先・お客様があっても、こちらが事業を買収した瞬間に従業員が辞めていったり、お客様が離れてしまうことがあります。そのような従業員を「辞めるな」と無理やり会社に留まらせることはできませんし、お客様を強制的につなぎとめることも法律的にはできません。その意味で、譲り受けた後の事業展開を十分考えて、また、根回し等も十分行いながら手続きを進める必要があります。
 
  (2)継続的な契約に注意
 上記の従業員との関係(労働契約)もそうですが、会社は様々な継続的な契約を結んでいます。例えば、継続的な売買契約や、賃貸借契約、リース契約などです。このような契約の中には、事業譲渡をしたり会社の株主構成が変わったりした場合には相手方が契約を解除できる旨の条項が入っていることがあります(賃貸借契約については、契約書の条項に入っていなくても承諾を得る必要がある旨が民法で定められています)。事業を譲渡する前に十分詳細を確認しておき、場合によっては相手方の了解を事前に得ておく必要があります。
 
  (3)許認可の関係
  事業の遂行上、各種の許認可を得ている場合、合併や事業譲渡・会社分割等によって許認可が消滅することにならないか、事前に注意が必要です。
 
  (4)株式譲渡の場合
  多くの中小企業では、株式譲渡について株主総会や取締役会の承認が必要である旨の定款の定めがあります(会社法107条1項)。そのような定款があるかどうかは、会社の登記簿謄本を取り寄せれば記載されているはずですのでチェックしてみましょう。その場合には、株式を譲り受ける前に取締役会をきちんと開催してもらい「取締役会議事録」などの写しをこちらにもらっておくことが必要です。また、その会社の株主構成を正式な株主名簿できちんと確認しておくことも大切です。

  (5)事業譲渡・会社分割の相手方の手続など
   事業譲渡や会社分割を行うには、原則として株主総会の決議が必要です(会社法467条・783条等)。「そのうちやるから」と言われてズルズルのびてゆき、結局、最後に「やっぱり他の者が反対で承認が得られなかった」というトラブルにならないよう注意が必要です。
 
  その他にも独占禁止法上の問題が生じ、公正取引委員会への事前相談等が必要な場合もあります。
 
  社長は、割と簡単に「よし、この会社を買おう」と決心されることが多いです。「スピード感のある経営」は大切ですが、他方、このように事前に検討しておかないと大きな損害を蒙る問題が沢山あります。そのような損失を防ぐためにも、かようなお話がある場合には、できるだけ早めに当事務所にご相談ください。