賃金のデジタル払い解禁について 【2024年9月号】弁護士安田剛

 

1.賃金のデジタル払いについて

 従来、従業員に対する賃金(給与)の支払方法は、現金による手渡しや銀行振込みしか認められていませんでしたが、2023年4月から、電子マネーでの支払いを認める「賃金のデジタル払い」が解禁されています。最近になり、「PayPay」がデジタル払いとして利用できる初めての事業者(資金移動業者)に指定されたというニュースが報道されており、実際に導入を検討されている会社もあるかも知れません。もっとも、賃金の支払方法については、法律上守らなければならないルールが定められており、今回はこの点を紹介したいと思います。

 

2.賃金支払いの5原則について

 労働関係については、「労働基準法」という法律があり、従業員に対する賃金は、①通貨で、②直接労働者に、③その全額を、④毎月1回以上⑤一定の期日を定めて、支払わなければならない、とされています。このようなルールは、賃金(給与)が従業員の生活の糧となるものであり、これを保障する必要があるという理由から定められたものです。

 ①の点は、「通貨払いの原則」と言いますが、賃金を通貨(日本の円)で支払わなければならない、というものです。現物給与や外国通貨での支払いを禁止するもので、これらは直ぐに現金化できなかったり、価値が一定しないものであるため、労働者の生活を不安定にさせる恐れがある、というのがその理由です。銀行口座への振込みも、通貨払いの原則に対する例外として認められている支払方法であり、銀行振込を実施するには労働者の同意などが必要となります。

 ②の点は、「直接払いの原則」と言い、代理人や仲介者を通じての支払を禁止するもので、中間搾取を防止する、というのがその理由です。

 ③の点は、「全額払いの原則」と言います。賃金はその全額を支払わなければならないというもので、例えば従業員への貸付金等があってもこれを控除して支払うことは禁止されます。ただ一部例外があり、所得税や社会保険料など法令の定めに基づくものや労使協定を締結して社宅費や積立金等を天引きすることなどが認められています。

 ④、⑤は、「定期払いの原則」と呼ばれるもので、従業員への給与は毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない、という原則です。これも賃金が従業員の生活の糧となっていることを理由とするものです。

 「賃金のデジタル払い解禁」は、上記のうち、①の「通貨払いの原則」に対する例外を認めるものとなります。

 

3.デジタル払いを実施するための要件

 賃金のデジタル払いは、普段から電子マネーを利用する人々の利便性を図るため導入されたと思われますが、「通貨払いの原則」に対する例外として認められるものであるため、全く自由に実施できるわけではありません。

 具体的には、まず、従業員代表者との労使協定の締結が必要であり、その上でデジタル払いの上限額等を労働者に説明して、個別の同意を得る必要があります。また、全ての電子マネーが自由に選択できるわけではなく、厚生労働省が指定する業者の電子マネーとする必要があり、実際に利用するにあたっては、いくつかの条件を満たす必要があることに留意が必要です。