「被告」と呼ばないで

「被告」と呼ばないで 【2009年7月号】

                                              弁護士  榎   本      修

 いよいよ5月21日から裁判員制度がスタートした。

 様々な課題があり、裁判員として選ばれた場合の負担も少なくないが、私たちの代表たる国会議員が議論して作った制度である。不合理な点も私たち国民自身が議論して改めていくべきだ(法律上も、3年後の見直しが予定されている)。

 今の私たちは、プロ裁判官のみの裁判に慣れている。しかし、同時に私たちは「古い歴史がある制度でも、私たち自身の手でより良く変革する」ことが許される社会に生きている。

 そのような変革が可能な時代だからこそ、考えてみたい。

 なぜ、マスコミでは、刑事事件で起訴された者を「○○被告」と呼ぶのか。

 正式な法律の条文では、刑事事件に「被告人」はあるが「被告」はない。しかし、マスコミでは永きに亘って「○○被告に死刑求刑」のように「被告」という用語が用いられてきた。

 「細かいことで、どちらでも良い」と思われるかもしれない。

 しかし、民事事件(金の貸借や不動産取引、交通事故・離婚・遺産分割などのトラブル)の相談を日々受ける弁護士である私には、刑事事件での「被告」という呼称に大きな疑問がある。

 民事事件で裁判を起こされた人も「被告」と呼ばれる。そのため、裁判を起こされただけで「訴状に私のことを『被告』と書いてある。私は犯罪者扱いされた!」と、本来の争点以外にまでトラブルが拡大するケースによく直面する。

 私は、「民事と刑事は違います。民事では、どちらが良い悪いではなく、先に裁判を起こした人が『原告』、起こされた人が『被告』です」と説明する。
 しかし「いや、マスコミで○○被告と呼ばれるのは悪者ばかり。私はそれと一緒にされた」と、納得してもらえない。

 裁判は原告が勝つことも被告が勝つこともある。

 また、一つのトラブルでも、民事事件の原告と被告は、裁判をどちらが先に起こしたかによって決まるに過ぎない(貸主が「金を返せ」という「貸金返還請求訴訟」を起こすこともできるし、借主の方が「そんなに借りていない」という「債務不存在確認訴訟」を貸主を被告として起こすこともできる)。

 マスコミは、刑事事件の「被告」という呼称を「被告人」と改められないだろうか。民事事件で不幸にして裁判となった原告と被告も、―これまでも、そしてこれからも―同じ社会に生きる一員である。
 解決すべきトラブルの原因は少ないに越したことはない。