民事保全が利用しやすくなりました(弁護士今井千尋)
民事保全が利用しやすくなりました 【2019年8月号】 弁護士 今井 千尋
令和元年7月1日から、民事保全に関し、「支払保証委託契約(ボンド)」という制度が利用可能になりました。これは、民事保全手続(厳密には、その中の「仮差押え」及び「係争物に関する仮処分」)を行うに当たり、裁判所の発令の条件である担保提供として、保険会社が保証書を発行するという制度なのですが、この制度によって民事保全手続を利用するハードルが下がり、ひいては民事訴訟によって権利を実現することが容易になるものと思われます。そこで、今回は、民事保全についてご紹介したいと思います。
1 民事保全について
民事訴訟は、訴えの提起に始まり、争点及び証拠の整理、証拠調べ、判決言渡し、判決確定と続いていくのですが、その間に被告の財産状態や係争物の権利関係に変化があると、原告は勝訴判決を得ても強制執行ができなくなってしまう場合があります。これでは原告にとっては何のために民事訴訟を提起したのか分かりません。
このような事態を避けるため、権利を主張する者に暫定的に一定の権利や地位を認める手続が民事保全です。
2 民事保全の具体例
例えば、賃貸人Aと賃借人Bの間の建物賃貸借契約がBの賃料不払いで解除され、Aが建物の明渡しを求めて訴えを提起したが、争点整理がなされている段階でBが第三者Cに建物を使用させた場合、Aは勝訴判決が確定しても、Cに対する強制執行をすることができません。そこで、Aは、上記訴えとは別に、「B
は建物に対する占有を他人に移転してはならない。」という命令を求めて保全処分の申立をします。この命令を占有移転禁止の仮処分といい、仮処分執行後に占有の移転があっても、移転を受けた者に対する強制執行ができるようになります。
その他、借金をした者が返済をせず、所有する不動産を処分するおそれがある場合に当該不動産を仮に差し押さえる不動産仮差押命令などもあります。
3 「支払保証委託契約(ボンド)」制度について
上記のとおり、民事保全は権利を主張する者に暫定的に一定の権利や地位を認める手続ですので、民事訴訟の結果、申立人(原告)が敗訴する場合もあります。その場合に生じる相手方(被告)の損害をカバーするため、裁判所が保全処分を発令するに当たっては、申立人に担保を立てさせることが一般的です。その額はケースバイケースですが、例えば上記の占有移転禁止の仮処分のケースにおいては、賃料の3か月分程度の供託を求められることが多いです。そうすると、賃貸人は、仮処分命令を得るためには、まとまった金額の供託金を準備する必要があり、しかも事件が終わるまでその供託金を利用することができなくなります。これが民事保全を利用する上での一番のネックです。
ところが、「支払保証委託契約(ボンド)」制度を利用すると、保険会社に保証料を支払う必要がありますが、申立人(原告)が敗訴した場合保険会社が相手方(被告)に損害の賠償をしますので、供託をする必要がありません。保証料率は保証金額の2.7~6%ということですので、申立人(原告)の負担は大幅に減少します。そのため、これまで供託金が準備できないため民事保全ひいては民事訴訟の利用を断念していたケースが減っていくものと思われます。
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