海外取引契約書の「最初で最大」のチェックポイント~「リングリング・サーカス事件」の教訓【2024年1月号】弁護士榎本修

 

海外取引契約書のリーガルチェック 

 顧問先の皆様から「この契約書のリーガルチェックをお願いできますか?」との依頼が多くなり、海外の会社との契約書のご相談も増えています。その場合の、①最初②最大のチェックポイントは㋐準拠法(この契約書がどの国(日本?アメリカ?中国?)の法律に準拠するか)㋑管轄裁判所(東京地裁?ドイツのバイエルン州の裁判所?)です

 よくあるのは「①本契約書はニューヨーク州法に準拠し、②紛争が生じた際はニューヨークの仲裁機関の仲裁に服する」というような規定です。これを見た瞬間に「榎本は日本の司法試験しか合格しておらず、弁護士資格も日本のものしかないのでアメリカで御社の弁護はできません。別にアメリカ弁護士を頼むと弁護士費用も日本の何百倍になるリスクがあります。『㋐準拠法を日本法に㋑管轄を東京地裁にする交渉をしないと他条項をどれだけチェックしても意味がありません。まずそこを交渉してはどうですか?」と申し上げると「まあ、そこは大体でいいです。日本の法律もアメリカの法律も大体同じでしょ?日本の法律とおんなじ感じでいいので見てください」と言われますが、それはできません。契約書は最終的に揉めたとき裁判所で効力が認められるから「それは嫌だ」と言われても強制できるからです。裁判所で認めてもらえないなら「紙切れ」です。

 

リングリング・サーカス事件

 「まあ、固いこと言わず…。世界どこでも法律は基本同じでしょ?」という方に紹介したい最高裁判例があります(リングリング・サーカス事件)。

 ゾウのサーカスで有名なアメリカの会社と、ある日本会社が日本各地でのサーカス興行の契約をしました。ところが「内容が不十分で23億円の損失を被った」と賠償を求めアメリカ会社を訴えたいと考えたのです。ところがサインした契約書には日本会社が申し立てる「全ての仲裁手続はニューヨーク市で行われる」との記載がありました。それは困るということで、何とか日本法を使い日本の裁判所で訴訟をできないかと考え、(会社ではなく)社長個人の詐欺(不法行為)という法律構成で日本の裁判所(東京地裁)に訴えました。これは国際私法という分野の法律問題で、そこには色んな理屈がありますが、日本の最高裁は要旨「この契約書にサインした以上、日本法・日本の裁判所では裁判できませんから、アメリカに行ってください」と訴えが却下(門前払い)されてしまったのです。

(最判平成699裁判例結果詳細 | 裁判所 – Courts in Japan

 この事件の教訓は、やはり①準拠法②管轄裁判所が最初で最大の重要ポイントであり、その点を無視して「まあまあ」と言ってやっていると、とても大きなリスクがあるということです。

当事務所では、顧問先の皆様には場合によってはアメリカ・イギリスの弁護士とも連携をとってご相談を受けられるようにしています。契約書にサインしてしまう前に、時間を取って契約の内容について弁護士にじっくり直接にお話をしていただき、ご相談に乗らせていただければと思います。

 なお、契約書の案文だけ送っていただいてもアドバイスするのは非常に難しいです。それは、契約書の条文というものは一つに決まっているものではなく、①先方と当方との取引内容や②力関係などによって少なくとも数十ものバリエーションがあるからです。

 

※余談ですが、リングリング・サーカスは、その後ゾウの愛護団体からのクレームなどが理由で客足が減り、150年の歴史に幕を閉じたとのことようです。

米リングリング・サーカスが最終公演、150年の歴史に幕 | ロイター (reuters.com)

 

※※さらに余談ですが、同サーカスの運営会社(リングリング・ブラザーズ・アンド・バーナム・アンド・ベイリー・サーカスRingling Bros. and Barnum & Bailey)は、映画「グレーテスト・ショーマン」の主人公( P・T・バーナム)が率いたサーカス団の後身とも言われています。