その「遺言」本当に大丈夫ですか?【2019年12月号】弁護士榎本修

 

〇「遺言しやすくなった」って本当?

 

 2019年から相続法が改正されています。新聞・週刊誌等で「遺言が書きやすくなった」「『自筆証書遺言』が簡単で便利」と報じられた影響でしょうか、最近のご相談で「亡くなったおじいちゃん。ひそかにこんな遺言を書いてました!」という相談が増えています。
 ただ、「遺言」というのは人生の「ラスト・メッセージ」よく考えて作りたいところです。

 

〇法律違反の遺言は「無効」つまり「紙切れ」!


 法律上、遺言は書き方が「とても厳しく」決まっています。遺言は「ラスト・メッセージ」なので、「意味が分からないな」と思っても、お墓に「これってどういう意味?」と聞きにはいけません。
 そこで民法は、方式が厳格に決まっており、その要件を満たさないと「無効」(要するに何の効力もない「紙切れ」)と規定しています。せっかく書いても「紙切れ」ではやりきれませんし、そんな「幻の遺言」は、かえってもめごとの種になりかねません。


〇「7月吉日遺言事件」


 有名な最高裁判例があります。
 手紙の末尾の日付を「〇月吉日」などと書く場合がありますね。遺言に具体的に「7月23日」などと書く代わりに「7月吉日」と書いてしまった人がいました。その「遺言らしきもの」には「ある相続人に全財産の半分をあげる」と書いてあったのですが、それに納得がいかない相手方が「この遺言は無効(紙切れ)だ」と争い、最高裁まで行った事件です。民法968条1項は「自筆証書によつて遺言をするには、遺言者は、全文・日付・氏名を自書して押印しなければならない」と規定しているのに「吉日」では「日付」とは言えない、とかみついたわけです。
 最高裁(昭和54年5月31日判決)は民法968条1項の「日附」とは「暦上の特定の日」(つまり、7月23日のような具体的な日付)を意味するから、「昭和41年7月吉日」としか書いていない本件では、証書上「日附」の記載を欠くから無効!」(紙切れ)と判決しました。半分あげようと思っていたのに紙切れになってしまったのです。


 これは非常に酷なようですが、大きな理由があります。遺言は、何度でも書き直せます。そして複数の遺言内容に矛盾があれば、最も「新しい」ものが有効となっています(民法1023条)。本当に最後の「ラスト・メッセージ」を尊重するためです。とすると「吉日」では、他の遺言との前後が判断できません。お墓や天国に聞きにも行けません。「日付」が「吉日」では困るのです。


 このように、自分で遺言を書くことには思わぬ落とし穴があります。税金や不動産の登記が関係してくることもあります。ちゃんとした遺言を書くのは結構むずかしいのです。ということで、自分で遺言を書く「自筆証書遺言」はおススメしません。そして、多くの場合は(自筆証書遺言ではなく)公正証書遺言をお勧めしています。